今年コンクールの最終選考に残ったのは42編。全体のレベルは去年よりも上がっているという印象があったが、突出した作品はなく、上位は僅差の争いであった。
まず、『風葬の教室』について述べよう。この小説を選んだのは171人と最も多く、その中で最終選考に残ったのは14編であった。本書のテーマは「いじめ」というものである。戦争を扱ったものと同じく、いいか悪いかという点でははっきりしすぎているので、掘り下げ方がまずいと、ありきたりの感想を並べただけのものになってしまう。多くの人たちの感想文がそのようになっていた。
1位の金子奈津子さんと2位の末森成美さんの作品は「いじめ」の主題に真っ向から取り組んでいると言えるだろう。さらに金子さんは「生とは?」「生きるとは?」という問いを中心にし、末森さんは「生きていくために必要な人々」についての考えを中心にしている。二人とも自分の考えを自分の言葉できちんと表現できていたところが評価された。
多くの人が、語り手である主人公が「とても小学生とは思えない」「大人びている」と違和感を述べていた。中には拒否反応を示している人もいた。この小説では語り手「本宮杏」が作者自身であるという言及は一切ないし、主人公が大人になってからの回想であるという記述もない。にもかかわらず、大人の作者の顔が見えてくる。それはどうしてか、といったところを感想文の〈核〉にすることも出来たであろう。
『日本日記』は随筆的な要素を多く含んだノンフィクションである。ノンフィクションを扱う時は、事実と意見との区別をしなくてはならない。特に、本書のように外国人が日本を見て書いたものを扱う時は、日本人の目には見えない、目にとまらない「事実」なのか、それとも同じ「事実」を見ながらも、異なる「意見」を持っているのか、は大きな違いである。「意見」をあたかも「事実」であるかのように描く筆者もいるが、鵜呑みにせずに考えをまとめるべきである。しかし、本書を選んだ多くの者は事実と意見を混同したまま、感想を書き出そうとしている。そのためか、筆者が書いたことをそのままなぞったような文章になっているものが多い。
2位の井上裕子さんの作品も事実かどうかの吟味が甘いところがあるが、一人の筆者に絞らずに、テーマである「日本」について深く考えることで1冊をうまくまとめている点が評価された。
『異邦人』は『風葬の教室』に次ぐ8編が最終選考に残った。内容が難しいので低学年には無理だろうと思っていたが、2年生にも力作が多かった。本書は前半と後半では小説の種類が違っている。前半は不条理小説であり、後半は裁判というよりも宗教裁判のような寓話的なものになっている。後半の裁判に重点を置くかどうかで読み方が変わってくるのである。その辺りが読み切れていないようだった。
3位の小林祥子さんの作品は、謎の多い主人公の本質に迫り、ムルソーがただの不条理な人物ではなく、現実を直視し、真理を見据えていたととらえたところが評価された。
『父の詫び状』を選んだのは『風葬の教室』に次ぐ82人であった。選択の理由に中学校の教科書で読んだことがあると書いていた者が多かったが、感想文の内容も中学生レベルで留まっていたようである。その中では最終選考に残った4編は少し抜きんでていた。本書は「生活人の昭和史」と呼ばれるくらい多くの要素を含んでいるのだが、感想文は題名に引かれたのか、父親に関するものが多かった。作者の父親と自分の父親を比較するというものがほとんどだった。その比較の仕方が表層的なものばかりだったが少々残念だった。
家族を扱ったものにもう1冊『帰れぬ人々』があった。57編中4編が最終選考に残っているが、どの作品もうまく焦点を絞れていなかった。小説そのものの完成度が低いからではないかと感想文を読んでいて思った。
『金閣寺』は一見、金閣寺焼失まで一直線に進む小説のように見えるので、「なぜ、主人公は金閣寺に放火したのか」という問いが感想文の焦点になっている人が多かった。その問いに対する答えへの道は作者が用意しているので、どうしても同じようなものになりやすい。このような場合、作者の考えを上回るものを行間から読み取るか、別のところに焦点を当てて読む方法がある。
『夏への扉』と『チョコレート・ウォー』の2冊は翻訳小説である。2冊とも娯楽性が強いため、ストーリーに引かれすぎて粗筋だけを書いている者が目立った。もちろん、ストーリーを楽しむのは読書の形態として間違いではないのだが、感想文としてはもう一工夫が必要である。最終選考にはそれぞれ2編と1編が残ったが、やはり工夫が足りなかったため高い評価は得られなかった。
『チョコレート・ウォー』ならば、例えばどのような工夫が出来るだろうか。作者は途中から主人公ジェリーの反抗を描くよりも秘密組織ヴィジルズを描くことに力を注いでいる。ある場面では、主人公には一切関係のない、ヴィジルズ内部の権力闘争を扱ってさえいるのである。主人公にこだわらずに、ヴィジルズに焦点を当ててみれば面白いものが出て来たかもしれない。
達意の文章を操る名文家という評価を若くして得た海老沢泰久の『美味礼讃』は、文章そのものの良さを含め、完成度の高い傑作である。モデル小説であるがゆえに評価は割り引かれてきたが、彼の代表作と言っていいだろう。他の課題図書に比べて大部であるという理由で、選んだ人が少ないのであるならばとても残念なことだ。