アメリカ


『大草原の小さな家』が好きで英語が解る人になりたい、と思ったくせに、高校生くらいになると、なぜかアメリカ嫌いになり、外国へ出かけるようになって10年以上も、どうもアメリカへ行こうという気持ちにはなりませんでした。

始めての渡米は、カリフォルニア大学サンタ・クルース校(UCSC)のディケンズ・ユニバースという合宿学会のようなものに参加した時のことです。もっとも、美しい自然の中にあるUCSCのキャンパスは、本を読むには最高の環境でしたが、アメリカにいるんだ、という実感は沸かなかったのです。しかし、ここの行き帰りに、特にサンフランシスコ周辺の「普通のアメリカ」を垣間見て、アメリカをもう少し知りたいと思うようになり、その後、ニューオリンズ→(ジョーンズ MS)→メンフィス→マンスフィールド(MO)シーモア(MO)→(スプリングフィールド[MO])→セント・ルイス→シカゴ、のアメリカ縦断の旅を決行したのでした。主な交通の手段は、グレイ・ハウンドの高速バスです。





アメリカっぽいなあと思ったこと、などなど

[禁煙][アメリカ人?][トイレ][アメリカ英語?][人生の先輩たち]



禁煙


始めての渡米の際、関西国際航空で某アメリカ系航空会社のカウンターでチェックインする時、煙が苦手な私は「禁煙席で、それも喫煙席からできるだけ遠い席にして」と言うのを忘れませんでしたが、帰ってきたのは「全席、禁煙でございます」のお言葉でした。日本からアメリカまで、約10時間。愛煙家の方々は気も狂わんばかり、でしょうけど、煙が嫌いな私には快適な空の旅。感動的でさえありました。なお、「警報が鳴るので、トイレでこそこそ吸わないように」とのアナウンスあり。「こそこそ」吸ったいい大人がいたのでしょう。

その後、訪れたUCSCのキャンパスは、(とある大先生のために設けられたと思われる)小さな喫煙コーナーを除いて禁煙、その後カリフォルニア州全体が個人的なスペースを除いて禁煙になったというニュースを聞いて、さらなる感動を覚えたことは言うまでもありませんが、1998年に再度カリフォルニア州を訪れた時、公共の場所でも喫煙している人たちをたくさん見かけました。カリフォルニア州全体が禁煙、というニュースはいったい何だったのだろう・・・・・

なお、1998年に一緒に旅した喫煙者によると、煙草の値段は店や州によって、まちまち。また、レストランで"Smoking"だ、と言うと、隅の方の席へ追いやられます。ホテルは喫煙ルームと禁煙ルームに分けられています。


アメリカ人??


私が初渡米、第一日目を過ごしたのは、サンフランシスコでしたが、「日本人だ!」という好奇の目で見られることもなく、あまりにも自然に溶け込めた感じだったので、つまらなくさえありました。第一日目から「フィッシャーマンズ・ワーフはどっちかしら?」と道は尋ねられるし、地下鉄に乗れば、時間は聞かれるし。日本に住んでいたことがあるというアメリカ人の先生から、「自分が日本に何十年いても『ガイジン』だけど、君はすぐ『アメリカ人』になれるよ」と言われたことがありますが、確かにそんな感じでした。

たぶんこれは、私が*ある程度*英語を話すことによること「大」なわけですが、カリフォルニア州には、英語よりもスペイン語が得意なヒスパニックの人たちがたくさん住んでいます。英語とスペイン語の2カ国語の標識も多いし、地下鉄の中で「この電車はどこ行きなのか?」と、スペイン語で尋ねられたこともあります。例えば、サンフランシスコ中心部やや南のミッション・ディストリクトと呼ばれる地区には、ヒスパニック系住人が多く、まるでメキシコのような雰囲気です。

なお、スペイン語と日本語は母音の発音がよく似ているので、日本人の話す英語は、スペイン語を母語とする人の話す英語と同じように聞こえることがあるみたいです。グレイ・ハウンドのテレホンインフォメーションで、バスのスケジュールを尋ねている時、受話器の向こうの係員に、スペイン語でも問い合わせできますよ、と言われたことがあります。また、アメリカでの話ではありませんが、"broken"なフランス語を話していたら、君のフランス語はスペイン人のフランス語初心者の話すフランス語に"exactly the same"だと(英語で)言われたこともありました。とはいえ、実際にスペイン語を勉強してみると、動詞の活用のあまりの複雑さに頭が痛くなってしまうのですが。

ヒスパニック系住人の話をもう少し続けると、カリフォルニア州の学校には、英語のみで授業が行われるクラスと、英語とスペイン語の両方で授業が行われるクラス(バイリンガル・クラス)の両方があるようです。しかし、いわゆる普通のアメリカ人(て、どんなアメリカ人だろう??)は、アメリカに住んでいるのに(?)スペイン語を話し続ける人たちに批判的なようです。私の知り合いのアメリカ在住日本人も、アメリカに住んでいるんだから英語を話すべき、という意見です。

アーミッシュの人たちは、彼らのコミュニティ外の人たちを「イングリッシュ」と呼びますが、このことも、いわゆる普通のアメリカ人には英語が不可欠ということを意味しているのでしょうか。なお、少しレベルの違う話かもしれませんが、日本人の店員さんがいるお店でも、アメリカ人の店員さんに頑張って英語で話し掛ける方が歓迎してもらえるようです。

トイレ



失礼な話かもしれませんが、私が見た限り、アメリカの公衆トイレは日本のよりきれいれした。便座に敷くやつはどこにでもあるし、イギリスやフランスよりもトイレットペーパーの質は上!でした。

グレイ・ハウンドのバスで、ニューオリンズからメンフィスへ行く途中、ミシシッピ州ジョーンズのバスターミナルのカフェテリアでお昼ご飯を食べ(※1)、お手洗いに入ると、前の人が「流していなかった」ので、私は慌てて別の個室へ入りました。手を洗っていると、黒人のおばさま方(※2)どやどやどやと入ってきたので、先の「流してない」個室を指差して、「ここは流してないから入らないほうがいいですよ」と注意して、私はお手洗いを後にしました。

それから一年くらい経って、旅行雑誌 Travel Frontier 第3号に、アメリカのトイレでは「流していない」場合が多いとの投稿がありました。これは本当だろうか。私はジョーンズのバスターミナルのトイレ以外で、そういうのに出くわしたことはないけど。

※1 ここのフライドチキンはクリスピーで本当に美味しい。
※2 南部のジョーンズやメンフィスには、歴史的に見て当然のことでしょうけど、黒人の人たちが多いのです。メンフィスでカンザスシティー行きのバスに乗った途端、黒人が少なくなって、南部から中西部へ行くのだなと思ったほどです。しかし、「黒人」という言葉を使うのは良くないのかもしれない。でも、メンフィスやジョーンズを思い出すと、必ず「黒人」という言葉が頭に浮かぶのです。


アメリカ英語?



(1)You're welcome!

イギリスでは、"Thank you"と言うと、"That's OK"とか"That's all right"と言われることが多かったので、中学の教科書に載っている"You're welcome"はもう使われない表現なのかと思っていましたが、アメリカでは"You're welcome"の方を多く耳にしました。一説によると、アメリカでは"You're welcome"の方が、"That's OK"よりも洗練された表現なのだとか。しかし、私はイギリス式の方がなれているし、"You are welcome"は、どこかまどろっこしいような気がして、なかなか口をついて出てこないのです。

(2)Feel free to . . .

イギリス人が"Don't hesitate to . . ."と言いそうな所を、アメリカ人は"Feel free to . . ."と言っているような。なんとなく、ですが・・・

(3)呼びかけ

お店とかで、"Mum"と呼びかけられるのが、どうも居心地悪いのです。相手が礼儀正しくしようとしているのは分かりますが。イギリスでは"Mum"と呼びかけられたことはありません。もう随分前にヒースロー空港の地下鉄駅で運賃の精算をする時、お釣りをもらいそこねて、"Lady"と呼びかけられたことはありますが。

まだ小さな男の子に、お母さんが「ね、あんたたち、分かったわね!」という感じで、"You guys!!"と言っているのを聞くと、何となく微笑ましくてにやにやしてしまいます。

(4)イギリス人から見れば

イギリスに長期滞在していた頃、セサミ・ストリートやスピルバーグの映画が大好きなイギリス人の男の子(当時9歳。10年前の話)に、「アメリカの英語って変だなあと思う?」と聞いたら、「確かに "strange" だけど、分からないことはないよ」とのお答えでした。


人生の先輩たち



なぜか、カリフォルニア・ワインの里、ナパ・バレーの老人ホームを訪問したことがあります。いわゆる老人ホームという感じの建物と、お年寄り用の集合住宅に分かれていて、私が訪ねた方は、まだまだ元気だし、"independent"でありたい、と考えている方なので、集合住宅の方にお住まいで、車を運転したり、東部に住んでいるもう90歳近いお母様を一人で訪ねたり、と活動的でした。息子さん親子が近くに住んではいるものの、孫の世話の世話なんてまっぴら、やっと子育てとか面倒な仕事が終わったんだから、これからは私自身が"develop"しなくちゃ、とおっしゃっていました。

食事はだいたい自分で作っていらっしゃいますが、注文すれば、老人ホームの食事を食べることもできる仕組みで、私が訪問した時は、一緒にホームの食事をいただきました。洋風にゅうめんにサラダやビスケット、ゼリーといった、これはやはり老人ホームの食事だなという感じでしたが、なかなか美味しかったです。 老人ホームというよりはむしろ、万が一の時はすぐにお世話してもらえたり、 希望すれば食事だけ食べられたり、クラブ活動があったりする、お年寄り用 の集合住宅。私が訪問した女性は、孫を可愛がる優しいおばあちゃん、と いうよりは、合理的で独立心が強い方でした。ご主人を亡くされ、子供たちは 自立して「やっと自分の好きなことができるわ。私はまだまだ成長(develop) しなくちゃ」とおっしゃる方。なお、アメリカに到着した日に私が滞在した サンフランシスコのレジデンス・ハウスの食堂の壁には"In Every Generation, Action Frees Our Dreams!"(いくつになっても、夢をかなえるには行動 あるのみ!)と大きく書いて貼ってありました。なお、レジデンス・ハウス というのは、基本的には長期滞在者用のホテル。普通のホテルより滞在費 は安いですが、食事の時間が限られていたり、シーツは自分で替えないと いけなかったり、門限があったり。私が滞在したのは、 サンフランシスコで生活していく意志のある女性を支援する、を基本理念 に1914年に設立されたキリスト教系のレジデンス・ハウス。私は 漠然と若い人が多いんだろうなあと思っていたら、そんなことはない。 いわゆる中年以上の方が多かったです。国籍もアメリカに来た理由も様々・・・ "In Every Generation . . ."も、ベビーシッター等などの短期・長期の 就職情報のビラが貼ってあるパネルのてっぺんにありました。


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