超個人的なアーミッシュのページ


私は、1998年8月に、ミズーリ州、シーモアにあるアーミッシュのコミュニティを訪ねる機会に恵まれました。その後の感想は、アーミッシュそのものについてではないので申し訳ないような気がしますが、アメリカはやっぱり不思議な国だなということ。Tシャツにジーパン、交通手段は車が当然の「普通」のアメリカから、ふと横道にそれると、16世紀にヨーロッパで生まれた宗教的信条を守り続ける人たちが、「普通」に生活しているのですから。本家本元のヨーロッパでは、アーミッシュはもう存在しないというのに。

以下、アメリカの一側面として、アーミッシュのコミュニティを覗いてきた私の超個人的な記録、プラス、本や映画を通じて得たアーミッシュ情報です。

目次

そもそもアーミッシュとはアーミッシュと観光アーミッシュに興味を持ったきっかけコミュニティへもとアーミッシュの女性家族構成概観服装アーミッシュの店交通の手段アーミッシュの家ヨーデルアーミッシュの言葉参考文献

そもそもアーミッシュとは

プロテスタントの再洗礼派に属するメノー派の中でも厳格な教義を持つ少数会派。なお、「再洗礼派」というのは、幼児洗礼を認めず、成人して、自らの意思で洗礼を受けることから付いた呼び名。16世紀のマルティン・ルターらによる宗教改革のさ中に、ヨーロッパ(特に、スイス)で生まれる。18世紀の始め頃、ペンシルヴァニアに入植し、現在、アメリカとカナダに約14万5千人が住んでいるのだそう。既に言及したことですが、ヨーロッパにはもうアーミッシュはいないとのことです。

宗教的信条から、文明の利器を否定し、16世紀の生活を頑なに守りつづけている人たち、と言った方が分かりやすいかもしれません。自分たちにとって不必要な便利さを否定し、自然をできるだけそのままの形で生活に取り入れようとする彼らは、便利さや物の多さに振りまわされているように感じられる今、また、「地球にやさしい生活」が叫ばれている今、例えばシェーカー教徒と共に、理想的なものとして紹介されることが多いように思います。

アメリカ最大のアーミッシュのコミュニティは、オハイオ州にあるそうですが、ペンシルヴァニア州、ランカスター郡のアーミッシュが最も知られているように思います。ピーター・ウィアー監督、ハリソン・フォード主演の映画『目撃者――刑事ジョン・ブック』(1985年、アメリカ)映画『刑事ジョン・ブック』にも、ランカスター郡のアーミッシュが登場します。

なお、アーミッシュの中にも、様々な宗派があるらしく、ランカスター郡のアーミッシュと、私が訪ねたミズーリ州、シーモアのアーミッシュとは、その起源にしろ、信条にしろ、かなり違いがあるそうです。

アーミッシュと観光

アーミッシュの生活に触れるのは、今や観光の一環となっているようです。アーミッシュの人たちも、自分たちの生活信条が汚されないことを条件に、観光客を受け入れているように、私には見えました。しかし、『目撃者――刑事ジョン・ブック』には、彼らの信条を尊重しない興味本位の観光客が登場し、そんな観光客を見ていると、私は違うと思いながらも、それでも、私も"one of them"なのだろう、と、複雑な気もちになります。

旅行ガイドブック『地球の歩き方Hアメリカの魅力的な町』(ダイアモンド社)には、アーミッシュの生活に触れられる場所として、既に言及したペンシルヴァニア州、ランカスター郡が紹介されています。もっともここで言及されているのは、実際にアーミッシュの人たちが生活している場所ではなく、観光客用のある種の野外博物館のようです。有名になりすぎた感のあるランカスター郡のアーミッシュの生活を守るために、外部の人に見せる生活と、本当の生活と区別する必要があるのでしょう。

アーミッシュの工房や市場(一般に「ファーマーズ・マーケット」と呼ばれています)で、彼らの手工芸品を買い求める人も多いようです。

なお、いわゆる文明の利器を否定して生きる彼らは、カメラで撮影されることを嫌います。工房等でも、"no camera"の表示をいくつか見かけました。

アーミッシュに興味をもったきっかけ

私がアーミッシュをはじめて知ったのは、高校生の頃に雑誌NON−NO(集英社)の別冊のお菓子作りの本の中で、アーミッシュの作る素朴なクッキーと、彼らの暮らしぶりについて紹介してあるのを読んだ時です。ここで紹介してあったのも、ペンシルヴァニア州、ランカスター郡のアーミッシュだったと思います。難しいことはともかく、いわゆる文明の利器を使わず、昔ながらのやり方で生活する人たちとして、印象に残ったのでした。

コミュニティへ

ミズーリ州を訪れたのは、ローラ・インガルス・ワイルダーが人生の大半を過ごしたマンスフィールド岩尾根農場を訪ねるためでした。マンスフィールドで滞在したB&Bのオーナーから、近くにアーミッシュのコミュニティがあること、B&Bの近所にもとアーミッシュの女性が住んでいてコミュニティを案内してもいいと言っていることを聞いて、ぜひ!とお願いしたのです。

もとアーミッシュの女性

彼女は20歳になる少し前に、アーミッシュの宗教的な信条に疑問を持ったために、洗礼を受けず、コミュニティから飛び出し、アーミッシュではない男性と結婚しました。現在、彼女は、主婦業の傍ら、自分が生まれ育ったコミュニティを案内して、言葉が悪いですが、ちょっとした小遣い稼ぎをしています。そんな彼女と、アーミッシュとしての伝統を守りつづけている人たちの関係はいかがなものか、気にかかるのですが、はっきり質問できませんでした。私が観察した限りでは、彼らは互いの信条や利害関係を理解しあった、さばさばした関係のようでした。

家族構成

私を案内してくれた女性は、すれ違うすべてのアーミッシュの人たちに、片手を上げて挨拶をしては、あれは兄の息子で、とか、あれは従兄弟で、等などと説明してくれました。

会う人、会う人、もれなく、と言っていいほど、彼女の縁者ばかりだったわけです。閉じられたアーミッシュの社会の中で婚姻関係を結ぶのが普通ということですから、コミュニティ内の人は、遠い・近いの差はあっても、何らかの血縁関係にあるようです。また、アーミッシュは結婚年齢が低く(十代後半が多かったように思います)産児制限をしないので、兄弟姉妹が多いのです。

概観

さて、私が訪ねたコミュニティがあるのは、オウザークと呼ばれる木がうっそうと茂った丘陵地帯です。舗装された道路から、「ここからはアーミッシュのコミュニティ」という地域に一歩足を踏み入れると、ホコリっぽくて、アップダウンの激しいデコボコ道で、バギー(馬車)とすれ違うようになります。周囲には木の茂みと、収穫途中の農地が広がり、時代を間違えたかと思わせる服装の人達が、農作業をしています。

服装

アーミッシュの男性の服装は、ちょうどこのページの背景色のような紫がかったブルーのシャツに、黒っぽいズボン、ズボンつりを着けています。黒や濃紺の細いリボンの付いた淵のある帽子を、普段は被っているようですが、農作業をする時はそれが麦わら帽子になるようです。女性は、ブルー系の丈の長いワンピースを着て、長い髪はきっちり前で分けて、お団子にまとめ、白っぽいオーガンジーの帽子を被っています。

アーミッシュの店

私は、もとアーミッシュの女性に連れられて、アーミッシュの家具、生活雑貨、食品などの店へ行きました。一枚の板で作られた2メートル四方以上あるどっしりした木のテーブルや、小物入れ、ナイフ、鍋、クッキーやパン、パイなどが、木の棚の上に並んでいます。店の片隅には作りかけの家具もありましたが、旧式の道具を使っての、手作りです。手打ちの鉄鍋くらいなら、持って帰れるかなと思ったのですが、「売約済み」の札が付いていました。コミュニティ外からのお客も多く、何しろ手作りなので、生産が追いつかないそう。私も、いつかはあの大きなテーブルが欲しいと思っています。値段は決して高くはないのですが、日本まで運ぶのと、玄関の中に入れるのが、難しそうです。

何も買わなかったのですが、クッキーとラズベリーのジャムをもらいました。クッキーは口当たりがぼそぼそしていて、ナッツやチョコレートチップがたくさん入ったもの。ジャムは、お砂糖の代わりに蜂蜜を使ったもので、鮮やかな紫がかった赤でしたが、当然のことながら、着色料は使用されていません。

次回訪ねる時のためにお店のカードをもらいましたが、アーミッシュの人たちは電話等の通信機器を原則として使用しませんから、電話番号等は載っていません。

交通の手段

アーミッシュの交通手段は、バギーと呼ばれる馬車か、自転車です。一言でバギーと言っても、いろいろな種類があるのだと思いますが、私が見たのは、赤やベージュの柔らかそうな皮が張られた椅子の上に、黒い屋根が備え付けられたものでした。2人乗りか、4人乗りの一等立てのもので、簡素でありながら、優雅な造りのものが多かったです。

もとアーミッシュの女性と私は、車でコミュニティ内へ入っていきました。外部の人間が車で入ってくることについて、アーミッシュの人たちが抵抗感を持っているようには見えなかったのですが、最近はコミュニティ内での自動車事故も多いとか。しかし、アーミッシュの人たちは争いごとを嫌いますから、外部の人間に傷つけられたとしても、訴訟を起こしたりということは、決してないのだそうです。

アーミッシュの家

もとアーミッシュの女性のお兄さんの家を訪ねました。表のドアの前にはちょとしたテラスがあり、曲げ木の揺り椅子が置かれています。ドアには鍵もなく、部屋の中には装飾もなく、居間にはテーブルと椅子、寝室にはベッドがポンと置かれているだけ。地下の食料置き場には、瓶詰めのピクルスやジャムが並んでいました。

お手洗いを借りました。母屋からちょっと離れたところにポツンとあるトイレは、いわゆる汲み取り式で、便器は木。トイレットペーパーは、日本でも見かける普通のものでした。

ヨーデル

スイスに起源があるせいか、ここのアーミッシュの人たちはヨーデルを歌います。私を案内してくれた女性は、少女時代にコンテストで優勝したこともあるらしく、車を運転しながら、大きな声で歌ってくれました。訪問した家の子供たちも、みんなで素晴らしいハーモニーを聞かせてくれました。アーミッシュの家庭が子沢山なのは、既に触れた通り。その家も、17歳のお姉ちゃんを頭に、10人兄弟でした。

アーミッシュの言葉

私は以前、知り合いがアーミッシュを「ダッチ」(Dutch)と呼ぶのを聞いたことがあったので、アーミッシュというのは、オランダ系なのだと思い込んでいました。だから、シーモアのコミュニティで、ヨーデルを聞いた時には、とても驚いたのです。

菅原千代志著『アーミッシュ――もう一つのアメリカ』(丸善ブックス)、37ページによると、アーミッシュのいう「ダッチ」は、「オランダ」ではなく、「ドイツ」の意で、アーミッシュの話す言葉は一般に、ペンシルヴァニア・ダッチと呼ばれる古いドイツ語だとのこと。

確かに、アーミッシュの人たちは互いに「グーテン・ターク」(か、または、それに近い言葉)と挨拶を交わしています。もっとも、小さな子供でも、私を含めた外部の人たちとは、きれいな英語で話をします。閉じられたコミュニティで生活しているとはいえ、英語が優勢なアメリカで暮らしているという自覚から、英語教育が行き届いているのだろうな、という気がします。

なお、アーミッシュの人たちは、コミュニティ外の人を「イングリッシュ」と呼びます。自分たちとは違う「英語を話す人」の意なのでしょう。

参考文献

菅原千代志 『アーミッシュ――もうひとつのアメリカ』(丸善ブックス)
『地球の歩き方Hアメリカの魅力的な町』(ダイアモンド社)

Hostetler, John A. The Amish. Waterloo, Ont., Canada: Herald Press, 1995.
Miller, A. More Country Cooking. Edgewood Press, 1993.

「超個人的なアーミッシュのページ」は、取りあえずはここまで。また、何かの折に付け加えをしたいと思います。



[メイン・インデックスに戻る]