vol.10 廣原 志保
物質工学科 教授
学位 博士(理学)
専門分野 生物有機化学
高齢化社会に対応するがん医療の創成
超高齢化社会で望まれるがん医療
近年、我が国は、人々の高齢化やストレス社会によってがん発生のリスクが増加し、これが原因でがん患者の増加、さらにはがんによる死亡率が年々増加する傾向にあります。2030年には、国民の4人に1人が70歳以上になる超高齢化社会が訪れると言われており、心肺肝腎の障害や動脈硬化性疾患による抗血小板療法などを受けるがん患者が増加し、がん手術不適応とされる症例が増加すると考えられます。そのため、がん医療の分野では「低侵襲」で「非観血的」ながん医療の確立が急務となっています。
現在のがん医療は、早期にがんを発見することができれば、脳腫瘍など一部のがんを除いて、ほぼ完治させることができると言われています。そのため、きたるべき超高齢化社会で求められるがん医療分野では、副作用が少なく非歓血的ながん治療法と、小さながんでも見つけられる高精度ながん診断法を組み合わせ、がん発見と同時にがん治療を行う新規がん医療 Theranostics(セラノスティクス)の創成が求められます。
セラノスティクスがん医療薬を開発するためには
私たちの研究グループでは、セラノスティクスがん医療薬の開発研究を行っています。
セラノスティクスがん医療薬をつくるためには、
- がん部位に薬剤が特異的に集積すること
- 薬剤自身に毒性がない(副作用がない)または毒性が低いこと
- がん部位に薬剤が早く集まり、さらに取り込まれなかった余剰薬剤は早く排出できること(薬剤のクリアランスが速いこと)
- 高い治療効果(がん殺傷効果)を示すこと
が挙げられます。
このような性能を満たす有機物として、「ポルフィリン」が知られています。ポルフィリンは、植物や血液成分に含まれる生体物質として知られています(図1)。ポルフィリンは、それ自身に毒性がないだけでなく、がん部位に特異的に集積して赤い蛍光を示し、可視光照射により殺傷効果を示す活性酸素を多く生成することから、がん治療法の一つであるPDTの薬剤として広く利用されています。
図1 ポルフィリンについて
またポルフィリンは、クラウンエーテルのように環の中心に金属を取りこみやすい性質(錯体形成能が高い)ことから、さまざまな医療用金属を導入することも可能です。
私たちの研究グループでは、このポルフィリンをベースとして、様々な機能性を付与させたがんの診断薬、がんの治療薬およびがんセラノスティクス薬の開発を医薬理工連携で進めています(図2)。
図2 ポルフィリンセラノスティクス
その中で廣原研究室は、がんへの集積性を高めたポルフィリン化合物の合成(図3)と、合成したポルフィリン化合物の薬剤の性能評価としてガン細胞を用いた簡単な細胞評価を行っています。
図3 ポルフィリン化合物の精製風景
研究室の学生さんたちは、薬を作る技術(有機化学実験)だけでなく、作ったものを同定する技術、解析法(機器分析)や装置や細胞を用いた薬剤の性能評価(機器分析、生物化学、物理化学、統計)などを学んでいます。また廣原研究室は、出口に近い医薬品開発の研究室のため高分子などの他の化学分野だけでなく、動物実験なども医学部や薬学部の方々と共同で行っており、異分野とのコミュニケーション能力も学んでいます。
最後に ~ 学生へのメッセージ ~
医薬品開発は多くの学生さんが憧れる分野ですが、医薬品開発歴史を見ていただくとわかるように精製不十分で少量不純物がいたために、薬が毒となり重篤な障害を引き起こした例もあり、この分野ではつくったものの高純度化が必須となります。そのため、ものを合成する時間よりも精製する時間の方が圧倒的に長く、半年以上毎日精製だけの研究生活ということもあります。
この分野に限ったことではないと思いますが、みなさんは「コツコツ仕事をすること」、「高い忍耐力を持つこと」また「科学者として科学倫理を身に着け、実践すること」を常に忘れないで頂きたいと思います。
現在までの経歴
2004年 | 大阪府立工業高等専門学校 期限付き講師 |
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2005年 | 奈良女子大学 大学院人間文化研究科 博士後期課程 修了 |
2007年 | 奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 助教 |
2012年 | 宇部工業高等専門学校物質工学科 准教授 |
2016年 | 宇部工業高等専門学校物質工学科 教授 |