vol.5 根岸 可奈子
経営情報学科 准教授
学位 博士(経営学)
専門分野 国際経営論
現代多国籍企業のビジネスモデル検討
国による差を武器に
ある日系企業がシンガポールで販売しているお茶には、砂糖が入っています。日本では考えられないことです。もちろん、この企業が日本で販売しているお茶には砂糖など入っていません。しかし、この企業は日本よりもシンガポールで大きな市場シェアを獲得しています。アジア地域の国の中にはお茶に砂糖を入れる習慣がある国があるため、それに適応しているのです。日本や韓国、中国では「紫」という色は高貴なもの、高額のものをイメージさせますが、アメリカでこの色は安いものをイメージさせます。したがって、日系企業が高価格帯の商品を韓国とアメリカで販売する場合、中身は同じでも商品の色やパッケージは変更します。
このように国や地域によって、消費者の好みは様々です。差異があるからといって企業は諦めません。多くの企業がこの違いに適応する、あるいは逆手にとることにより、国内から世界へと拡大していきます。近年はICT(Information and Communication Technology)の進化により、海外進出を果たす中小企業も増えてきました。
複数国にまたがって活動する企業のことを多国籍企業と言います。これが私の研究対象であり、この多国籍企業が主に開発途上国の社会に与える影響について研究しています。
多国籍企業の社会的責任
多国籍企業の中には、中進国1か国のGDP(国内総生産)よりも稼ぐ企業も少なくありません。世界中で従業員を数十万人も抱えている企業もあります。こうした企業は非常に大きな経済力を背景に、時に大きな政治的・社会的な影響を国内外に及ぼします。
図1.製造業系多国籍企業の国際分業簡略図
現代多国籍企業の社会的責任が議論されるようになったある企業の事例があります(図1参照)。先進国に本社のあるA社は、途上国のB社にある製品の生産を委託します。先進国よりも途上国の方が、賃金等が安いためA社は安く製品を生産することができます。途上国のB工場は、A社の製品を生産することで利益を得られます。
ところが、あるとき、B工場において児童労働が行われていたり、健康に被害を及ぼすような劣悪な労働環境のもとでA社の製品の生産が行われていたことが発覚します。したがって、A社のもとには問い合わせがありましたが、その際A社は以下のように答えます。
「B工場はA社の子会社ではなく、生産契約を結んだだけの企業であるため、A社とこの児童労働等の問題は関係ありません」
その結果、どうなったでしょう?A社は消費者から「無責任である」ととらえられ、母国で激しいボイコット運動に直面しブランド価値や株価が下落してしまいました。したがって、A社はB社への生産委託契約を打ち切りました。
その後B社は、A社に再び自社と契約するよう訴えます。B社がある途上国政府もまた問題となった労働者は児童ではなく就労して良い年齢であったとまで主張します。なぜなら、A社の契約打ち切りは、B工場およびBがある地域に大きな失業を招いたためです。
途上国の中には経済的に大変厳しく産業も十分には育っていない国々があります。多国籍企業の撤退、「たかが」1企業による意思決定の変更ですが、特に途上国に暮らす人々の生活を左右することがあります。そして、こうした事例は、決して珍しいものではありません。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。図2にあるように、A社は世界屈指の巨大企業であり圧倒的な発注量を誇っています。他方、B工場に代わる工場は世界中にたくさんあります。したがって、B工場は安く生産しなければ、A社に契約を結んでもらえず倒産してしまいます。そのため、B工場は児童を労働者として雇ったり、労働環境にかかる費用を削減しました。
A社にもライバル企業がいます。C社に勝たなければ、A社の従業員、ひいてはB工場の労働者も失業してしまいます。何より、A社あるいはC社の消費者は、より安い方を購入しようとします。
図2.国際競争の構図
この議論は、多国籍企業の影響力を背景とした多国籍企業の国際分業における社会的責任を問うものです。問題の所在もいくつか考えられますし解決も容易ではありませんが、いくつかのアプローチが考えられます。そのうちCSV(Creating Shared Value: 共通価値の創造)に注目し、研究を行っています。
近年、国際分業における途上国の工場については、発注元である多国籍企業の責任範囲内であるとする考え方が主流になってきたことを受け、習慣や法令、経済性が異なる国家間においていかに責任を果たすかという課題が検討されてきました。さらに、責任を果たすうえでかかるコストと収益性がトレードオフにならないようなビジネスモデルの確立が模索され、現実社会のなかで実現されているものが見受けられるようになってきました。
現代における世界経済のシステムは、一部の先進国によって構築されてきたものです。しかし、先進国の消費者、企業だけが利潤を得るモデルは、途上国をより貧しくし不満が蓄積され国際社会全体に不穏な空気と実害をもたらします。多国籍企業は途上国における「成長のエンジン」であると同時に、その経済活動、意思決定は時として多大な政治的、社会的影響をもたらすということは、重要な側面として検討していかなければならない課題の1つです。
根岸研究室
研究室の学生たちと
ゼミは国際経営論、経営戦略論です。各学生の興味に合わせ、1年間取り組むテーマは異なります。しかし、先行研究をしっかり読み、特定の課題に対しこれまで他の研究者がどのように考えてきたのかを整理し理解するということは共通しています。
国際経営論というテーマから、海外に短期留学したことがある学生、海外に興味のある学生がほとんどです。ゼミとして台湾からの留学生も受け入れ、一緒に勉強してきたこともありました。実験や演習のないゼミではありますが、様々な国から買ってきたお土産が集まるので、ゼミを行う前に「実験」を行うこともあります。ジャックフルーツのチップス、ドリアンのチョコレート、何かの白身の缶詰など、たいてい現地では地元のスーパーで売っている商品です。これらを実際に食べてみることによって、現地と日本の違いを理解することができます。時に不評なものもあります。一体何が日本で売っているものと違うのか、どのような工夫をしたら日本市場でも売れるのか。議論するなかで、いろいろなアイディアが出ることがありお互いに学ぶことも多いです。
現在日本国内に暮らしていても、海外との接点は避けられなくなってきました。ぜひ宇部高専で学んだことを活かし国内外で活躍してほしいと願っています。
現在までの経歴
2012年 | 中央大学大学院商学研究科商学専攻博士後期課程 修了 |
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2013年 | 宇部工業高等専門学校 経営情報学科 助教 |