桜の便りが春の訪れを告げる今日の佳き日、宇部市を象徴する文化遺産ここ渡辺翁記念会館におきまして、第57回宇部高専卒業式ならびに第25回宇部高専専攻科修了式を挙行できますことは、本校にとりまして大きな喜びです。
御臨席いただきました保護者の皆様、本日は誠におめでとうございます。これまで大切に育ててこられたお子様が立派に成長し、式に臨む姿に感慨もひとしおのことと存じます。
また、5年間或いは7年間という長きにわたり、本校の教育・研究活動にご理解をいただき、多大なるご支援をいただきましたことに、厚く御礼を申し上げます。
そして、本日、宇部高専から新たな一歩を踏み出す、本科生214名、専攻科生27名の皆さんに心からのお祝いを申し上げます。
皆さんの胸中には、在学中の様々な思い出が去来していることと思います。皆さんは、特にこの3年間、新型コロナウイルスの多大な影響を受けることとなりました。3年前、新学期の開始後間もなく、地域の学校が一斉に休校となる中で、授業がオンラインに切り替わり、登校できない時期が続きました。以来、授業や実験・実習、クラブ活動、研究活動など、学校での活動から日常生活に至るまで様々な制約を余儀なくされ、楽しみにしていた学校行事や目標としていた各種大会なども相次いで中止となり、悔しい思いをした人も多かったと思います。
皆さんはこのような厳しい環境を乗り切って成果を残し、本日を迎えられました。皆さんの強い意志と弛まぬ努力に敬意を表したいと思います。我慢を強いられた中で皆さんが得たものは、これからの人生において大きな糧となることでしょう。
本日卒業を迎える本科生の皆さんが入学した2018年は、本校で大幅なカリキュラムの改訂が行われた最初の年に当たります。新しいカリキュラムでは、技術者倫理、キャリア形成、異文化理解などを扱う科目とともに、課題解決型のプロジェクト学習、地域教育、更には、短期留学や校外実習が科目として加わりました。
コロナ禍での制約はありましたが、皆さんは、他の学校では学ぶことができない実験・実習を重視する実践教育のもと、これらの科目にも取り組み、自らが主体的に学び、グローバル社会で生き抜く力を身に付けてきました。
皆さんが宇部高専で備えた力は、今後来る時代がどのようなものであっても、それを乗り超える十分な資質として皆さんの中に蓄積されています。どうぞそのことに自信を持ってください。
現在、私たちは、極めて予測の困難な不確実な時代を生きています。新型コロナウイルスの蔓延のみならず、地球温暖化の進行、頻発する大規模な自然災害、人々の経済格差の拡大、そして、世界的な戦争の危機と経済の混乱など直面する課題が山積しています。このような危機的な状況の中、これから皆さんはこれまでのレールを離れて自分の力で進む道を切り開いていかなくてはなりません。
私は、これからの時代を生き抜くためには、社会での活動、或いは個人の生活においても物事の本質を見極める力を備えることが重要であると感じています。皆さんが身に付けた論理的思考力は、これから進む道においても幅広い場面で役に立つことでしょう。様々な要因が複雑に絡まり、結果として現在世の中にある現象や仕組みについて、何が本質なのかを深く考えるようにしましょう。自分に課せられた課題を解決する際に、その目的や本来あるべき姿にまで思考を深めましょう。前提条件が変われば、解決策も変わります。社会には、法律も含め、様々なルールがあります。そして、ルールには必ず目的があります。目的が変われば、ルール自体も変わります。これが社会を変えていく一つの手段でもあります。ただし、独りよがりな考えでは、人を動かすことはできません。周りの人の考えを十分に聞き、何故そう考えるのか理解すること、そして、自分の考えを過信せず、伝える努力を惜しまないことが大切です。
現在はSNSの普及によって個人の意見を一瞬にして世界に発信できる時代です。何が真実かを見極めることは容易いことではありません。一方的な意見を単純に信用することなく、異なる意見にも耳を傾け、十分な情報を集めて、自分自身で考えなければなりません。そのためには、これからも学び続け、幅広い知識を身につけて、現在の社会がそして世界がどのように動いているのかを知ることが不可欠です。
もう一つ私から皆さんに伝えたいことがあります。それは、ありきたりな言葉ですが、どうか、思いやりのある大人になってください。
皆さんは、競争社会の中を生きています。努力して宇部高専に合格し、入学後も勉学に勤しみ、本日卒業を迎えて新たな一歩を踏み出します。社会に出てからも競争は続きます。競い合うことは互いを成長させる原動力となり、社会的地位や収入の向上につながることでしょう。それでは、皆さんはこれからの長い人生、競争し続けなければならないのでしょうか?
以前、私は本校に赴任した教員から質問を受けました。「宇部高専は何のためにあるのですか?」と。純粋で奥深い問いかけに戸惑いながら、私は「本校で学ぶ学生を将来幸せにするためです。」と答えました。さて、卒業を迎え、実際に宇部高専は皆さんの将来を幸せにできたのでしょうか。答えはまだ分かりません。宇部高専は皆さんの将来を充実させるための手段の一部を与えたにすぎないからです。幸せかどうかは個人の心の持ちようでもあります。では、幸せになるためにはどうすればよいのでしょうか?私はそのヒントが人との繋がりにあると思います。
人は人との繋がりの中で生きています。皆さんがここまで成長できたのは、ご家族の愛情と、先生、先輩、友人など多くの人たちの支えがあったからです。そしてこれから社会に出れば、更に多くの人たちとの出会いが幾度となく待っています。予想もしなかった人たちとの新しい出会いが皆さんの人生を形づくっていくことでしょう。
一方で、多くの人たちとの関わりの中で、嫌な思いをしたり、意見が合わなかったり、時には、争いに発展したりすることもあるでしょう。まずは、自分とは異なる様々な立場や考えがあることを理解しなければなりません。そして、そのことを自分の考えに合わないからと切り捨てるのではなく、自分が相手の立場であったならどう考えるかを想像すること、それが大切な人たちに対してだけでなく、多くの関わりある人たちに対して思いやりをもつということだと思います。思いやりの気持ちは必ず人に伝わります。人を思いやり、人から思いやりを受ける充実感が人生の幸福感につながるように思えてなりません。
皆さんはこれからも豊かな経験と心の成熟を得て、人との繋がりの中で 「妬み」よりは「称賛」を、「怒り」よりは「許容」を、「対立」よりは「協調」を選ぶことができるようになってくれることを願っています。
皆さんご存じのことと思いますが、宇部高専は昨年、創設60周年を迎え、10月には記念式典を盛大に開催することができました。感染防止に配慮した結果、残念ながら学生の皆さんの参加は実現できませんでしたが、来賓の方々とともに多くの卒業生の方々に御参加いただき、伝統を引き継ぎ、発展を続ける本校の姿をお見せすることができました。同時に、現在、様々な分野で活躍されている卒業生の方々が、宇部高専に対し、また後輩である皆さんに対し熱い思いと大きな期待を寄せていることを強く感じました。
皆さんも先輩方に続き、新しい時代を切り開いていってください。そして、皆さんの後輩にその姿を見せてください。学校にも是非顔を出してください。皆さんのことを忘れない先生方が待っています。
最後に、甚だ私事ではありますが、私も今月をもって宇部高専を卒業します。Withコロナの困難な時代に皆さんとともに宇部高専で学べたことを心より感謝申し上げます。皆さんから伝わる熱いエネルギーは私のモチベーションを高めてくれました。私は、事あるごとに、色んなことにチャレンジしてくださいと言い続けてきました。私もこれから皆さんに負けないようチャレンジを続けたいと思います。
これから実社会へ、あるいは高度な研究の世界へと旅立つ皆さんの今後の活躍、そして輝かしい未来を心から祈念し、私の式辞といたします。
令和5年3月23日
宇部工業高等専門学校 校長 山川昌男